晴天の霹靂

自分が癌になるなんて思ってもみなかった人間が、初めて癌になって知ったことを色々書き留める日記。誰のためでもない、自分のための備忘録

年に一度のお取り調べ

私の癌が見つかったのは2019年でした

 

昨年で5年経過したので、それまで検査は半年に一度だったのが、年に一度に変わりました

 

そして12月になり1年ぶりの検査

 

検査の後の診察で

「何か変わった事はありましたか?」

と聞かれ私は堂々と

 

「痩せました!!」

 

何しろタモキシフェンのお陰で太っていた

 

今だから言えるが70キロ近くだった

それが12キロ減!!

 

先生に「ダイエットしたの?」と言われるも…!

 

聞くも涙、語るも涙(嘘)

 

思い起こせば昨年12月

健康診断で「高血圧」と言われ、失礼な医者だったので

「誰が治療なんかするかー!」

と怒り狂っていた私に外科の看護師さんが(わざわざ診察が終わった後の待合室に出てきて)

「私も高血圧で治療しているのですが、子供がまだ小学生なんです。この子が成人するまで生きていたいから治療しています。貴方も是非治療してください」

と滾々と訴えられ、仕方なくクリニックへ

 

そしたら血液検査したら「原発性アルデステロン症の疑いアリ」と言われ

不安に陥れられ

「詳しくはネットで調べてね」とだけ

 

不安な気持ちで年末年始を越え、紹介状書くよと言われたもののイマイチ病気の理解が出来ず、セカンドオピニオンにも掛かり、近場の中規模病院へ行き、検査代だけで1万3千円…

 

これで結果が悪ければ検査入院、これで結果が悪ければ入院して手術…

 

と聞いていて「一体お金がいくら必要になるんだろう。やっとタモキシフェン治療が終わったばかりなのに…」と暗い気持ちになって落ち込んでいたのです

 

2月に結果を聞きに行くと「何ともありません」

擬陽性を疑ったけど、その様子もない。一体前の病院でどういう検査したんですか?

と言われた事

 

そして検査結果が出た日の夜

 

私は吐きました

 

1回だけでなく、一晩中何度も何度も

 

朝になってお茶を飲んでもすぐ吐き出し

 

白湯しか飲めない

 

数日間白湯

 

流石に体に良くないだろう…とヨーグルトから始まり、徐々にフルーツ、プリン、ヨーグルトを食べるようになり

 

ですが固形物が食べられない日々(そして寝込んでいた)

 

不憫に思ったらしい親が「これなら食べられるか」とカステラ(切り落とし)をくれました

 

カステラなら何とか食べられた…

 

しかし油っこいものはダメ

ご飯も駄目

 

そんな生活をずっと続けていたら…痩せるに決まってんじゃん

 

 

先生に報告すると

 

「タモキシフェンも体には負担かかるしねぇ」的なことを言われました

 

が、今回の結果は問題なし

 

また1年後の検査予約を入れて終わりました

 

 

…また1年、生き延びたよ

 

5年を超えると一つの区切りだ、と聞きますが

 

6年目で再発や転移が見つかる人もいる

 

きっと一生怯えるんだろうな

 

ですが、私の知人がお医者さんに言われた言葉をいつも思い出します

 

「自分が癌患者、というのは病院に居る時だけ思い出せばいい。それ以外の場では自分の病気の事は忘れていいよ」

 

だから私はまた自分が癌患者だと言うのは病院に居る時以外は忘れて生きていこうと思います

感情の名前

このブログでは感情面について書くことはしないと思ってました

 

何故なら私の癌の治療とかの備忘録的なものを書くつもりで始めたので

 

ですが、ちょっと吐き出したい、そしてそれは残しておきたい(SNSとかだと流れていっちゃうからね)のでこちらで

 

先日叔母が亡くなりました

 

叔母の子(私の従弟&喪主)は私より一回り近く年下なので、年齢の差はあるのは当然なのです

 

私の母は割と若くして私を生んだので叔母の若い頃に私は生まれ、小さい頃は実家(祖父母の家)に行った時には話したりしてそれなりに思い出はあったりします

 

でも年齢を重ねるにつれ、親戚とは言え疎遠になり、冠婚葬祭しか会わない…のはどこの家でも同じだと思いますが

 

なので叔母が亡くなった、と聞いても(余命が短い事は解っていたので)

 

あぁ…ついに亡くなったのか

 

と思うくらいでした

 

ですが、葬儀で対面して、とても小さくなってしまった(そしてやせ細ってしまった)姿を見たら、何と言うか…ショックだったのです

 

しかも御遺体は死に化粧(単純な化粧だけじゃなく、技術的な方法を使って綺麗にしてある)を施してもこんなにやせ細っていて

 

実際に亡くなった時は頬は痩せこけ、本当に骨と皮だけの状態で、頬の下はYのようになっていた…と聞きました

 

御遺体を見ても「初めて目を閉じてる顔を見たなぁ…」と思って実感が無かったのです

 

手(から肩まで)柔らかくしてあって、肩までなら動くし、握手も出来る、という事で皆で代わるがわる握手しました

 

その時、喪主の妻(故人からは義娘になる人)が喪主(故人の息子&喪主)とその弟(故人の息子)に「握手しなよ」と言ったら二人とも

「子供の頃から握手なんかした事ない」

と言っていて

私は思わず「おんぶしてもらったりとか、あるでしょ?」と言ってしまいました

 

それにも二人して「さぁ…」みたいな反応で

 

喪主の妻は「お店やってたから(故人の家は飲食店をやっていた)から忙しくてそんな暇なかったんだよ」と言って終わったのですが

 

私は見ていた

 

喪主(故人の息子)が小さい頃、祖父母の家で会った時、叔母(故人)に手を引かれて歩いていた事、

その弟は、私の家に叔母と息子二人が来た時、帰りに駅まで送っていくとき、弟の方を叔母がおんぶしていたのですが、駅前の噴水を見た弟が

「雨ー」と言うと叔母が「あれは噴水って言うんだよ。雨じゃないよ」と言っていたのに小さい弟は「雨ー」とずっと言っていた事

 

私の記憶にはあるのに(私は大きかったから当然だけど)息子達は覚えてない

 

恐らく、私と、故人との記憶

 

なのに、それを語れる人はもう、いない(子供たちが覚えていないから)

 

この記憶は、私が死んだら、誰にも知られる事なく、消える

 

燃やされて、天に昇って、一緒に消えていく

 

そう、考えたら

 

 

寂しくなったのです

 

叔母が亡くなって悲しい気持ちはある

 

けど、それを上回るくらい

 

寂しい

 

亡くなった人の想い出も、記憶も

 

それを知っている人が居なくなった時が

 

本当の 死 なんだ

 

 

そう、思ったら

 

 

とても

 

 

寂しい

 

 

 

何故こんな気持ちになるんだろう…とずっと考えていました

 

そして思い当たるのは

 

最後のお別れの時

 

本当に、これが最後、という時

 

私の母(故人の姉)が声を掛けた時

 

「よく頑張ったね…」

と言った声が涙声になっていたのです

 

 

大腸癌で余命も2~3ヶ月と言われていた叔母

 

最後には譫妄にもなり、「家へ帰る」と病院を抜け出そうとした事

亡くなる2~3日前から呼吸が荒くなり「そろそろ…」と言われた事

 

そう言った事全てがぶわっと押し寄せてきたようで

 

泣きそうになったけど、泣けないような

 

悲しいのだけど、それを上回る感情があるような

 

 

それが、何なのか

 

ずっと考えていました

 

その結果でた答えが

 

 

寂しい

 

でした

 

 

寂しいね

 

 

本当に人が亡くなるのは

 

その人の事を覚えている人が居なくなった時だ

 

と聞いてはいたけど

 

本当にそうなんだな

 

 

寂しいね

 

 

寂しいよ

番外編

このブログは私の癌治療とその後の検査や体の変化などを備忘録的に書いておくためのものですが、ちょっと参考に書き残しておきたい事が出来たので番外編を

 

親戚に末期の大腸がんになった方がいました

 

どうやら本人は隠していたらしく、2月頃から便通が赤黒くなっていたらしいのですが、家族には隠し通し

しかし5月ごろには2階から1階へのトイレへ行くのに、体が耐えられず垂れ流し状態でトイレへ行く事に(汚くてすみませんが事実なので)

掃除をしたらしいのですが、拭き残しがあったらしく家族に見つかってしまい

 

その頃には食事も出来なくなっていて、げっそりしていたのに頑なに病院へ行く事を拒否していたそうです

(後から、今迄一度も大病した事無いから病院に掛かる事そのものが怖かったのではないか、と推測)

 

家族がいくら説得しても病院へ行こうとはしないので最後は民生委員とかの力も借りてようやく病院へ

 

そしてお医者さんに家族が聞いたところ

「余命は半年はありますか?」

お医者さんは首を横に

「では2~3ヶ月ですか?」

頷く

 

というやり取りがあったそうです

 

なので積極的な治療は施さず、緩和ケアの病院へ

 

恐らくこれが最後だろう、と8月にお見舞いへ行きました

(その前に本人から家人へ電話があり「余命数ヶ月だって」と電話があったのですが家人は「あんな半分泣き声の電話に引きずられたらもっとコイツは泣く」と思って冷静に対処したようです)

 

どんなにげっそりしちゃってるんだろう…

人相変わってても驚かないようにしよう、と心に決めて病室に入ると、意外と予想より元気(げっそりではなかった)

 

この時、病室に入る第一声も悩んだ末に「久しぶりー!」と明るく入場

 

話している声とかも明るく、元気だったので

(余命2~3ヶ月ってホントかな?そうは言っても長く生きたりするんじゃないの?)

なんて思ってました

 

最後に病室を出る時も何て言おうかな?って悩んでいたのですが、私の前に出た人が「元気でね」と言って出て行ったのですが、個人的には

(いや、余命宣告されてる人に「元気でね」はねぇんじゃねぇか)等と思ってしまったので

私は「またね」と言ってお別れしました

 

帰り道、「またね」ってどっちだろう…等と悩みましたが

 

病室を出てから、家族と話をしたのですが

「本人とも話して葬儀はしない(家族葬もしない)延命治療もしない。もし来ていただいたとしても火葬場で手を合わせるだけになる」

(つまり亡くなっても来てもらう事は無い)

それでも良いですか?

と了承を求める話がありました

 

私達は異議はありません、と話しました

 

家族にはまだこれからお金がかかる年代の子供もいる

葬儀に大金を掛けるより生きた人間(患者から見たら孫)にお金を掛ける方が良いに決まってる

 

それに「直葬」と言って最近は亡くなった後、お坊さんも呼ばず火葬だけ、というのもある、と聞いていたので

昔は、葬儀に大金が掛かったそうですが、今は全体的に縮小傾向

 

それで、良いと思います

 

 

 

 

 

そして9月

 

お見舞いに行ってからほぼ1ヶ月経った頃

 

亡くなった、と連絡が来ました

 

我が家は「お香典だけを送れば良いだろう」と思っていたのですが

連絡が来たら「お坊さんも呼ばず通夜無し(というか通夜のみ)ですが、故人とお別れして火葬場へ送っていくだけですが葬儀をします」

 

 

…ん?どっかから横やりでも入った?(金は出さないのに口だけを出すうるせーのが出たのか?!)

 

 

と思ったのですが、よくよく話を聞いてみると

「お坊さんも呼ばず、お花も頼まずの直葬が思ったより安かったのでお別れの場を持とうかと」

との事

 

しかし故人の親戚の内、存命なのはそこそこいますが、皆高齢のため

「足が悪くて遠くまで電車に乗れない(お見舞いはお盆期間だったので身内のお盆休みの時に車に乗せてもらってきていた)」

とか

「腰を痛めていて参加出来ない」

とか

 

故人の側の身内からは我が家のみ参列

ちなみに故人の夫はもう亡くなっていたのですが、その兄弟(喪主から見て父方の叔父)の側からも一番近い兄のみ参列

 

因みに私、タモキシフェン治療のせいで檄太り(多少は戻ったけど)したので喪服は着られませんでした…

黒いワンピースで代用(デパートに夏服の喪服見に行ったけど8~11万した…論外。しかもアナスイとか、ニナリッチとかユキトリイとかしかない)

 

話が脱線しました

 

 

喪主家族に聞くと、予め死期が近い事が解っていたので3つほど葬儀社に相談した、との事

そして一番良い処に頼んだ、との事

 

行ってみたら聞いていた斎場には名前(今日の開催、みたいな)が無い

どころか、斎場が開いてない(ように見える)

タクシーの運ちゃんに聞いても「ここだと思う」

 

困って喪主にその場で電話

そうしたら斎場の横にある『相談所』となっている処の奥に通されました

 

奥は小さな控室みたいになっていて、着替えたい人はトイレで

(1個しかないので交代で)

 

受付がある訳でもないので、控室的な待合室みたいなところで喪主にお香典を手渡し

(ついでに香典返しも持ち帰るか、宅急便で送るか聞かれる。宅急便だと49日後との事だったのと、軽かったので持ち帰りを選択)

奥にご遺体があるので火葬場に運ぶ前に顔が見られる、との事

 

葬儀社が綺麗にしてくれて、顔も髪も綺麗にしてくれていました

(それでもお見舞いに行った時よりは痩せこけて小さくなっていて少しショックだったけど)

 

 

遺族によると、最後はげっそりと痩せこけて、まさしく骨と皮だけだったのを

頬骨のあたりに注入(何だっけ…?ヒアルロン酸ではないけど頬を膨らませる何か)

 

 

頬骨の辺りはまさしく痩せこけてYの字のような状態になっていたそうです

おでこも膨らませてくれたけど、あまり注入すると目が窪んでしまうので加減が難しいらしい

 

生前に比べればとても小さく、痩せこけてしまったけど綺麗にしてくれたのが解ります

 

髪も生前はウェービーだったけど綺麗にまとめてくれていて(遺族によるとケープをめっちゃ掛けてたらしい)

 

そして驚いたのが

 

「手を握れます」

 

肩から腕迄なら動かせるし、柔らかいのです(マッサージでもしてるらしいのですが)

なので亡くなってから5日経過しているけど握手出来ました

 

ただ、やはり冷たくなっていて、そこが

 

あぁ。この人はもう亡くなってしまっているんだ…

 

と実感させられました

 

 

お花は葬儀社には頼んでいませんが、喪主の家族の勤め先からの供花があり、

葬儀社から「最後にちぎって棺内に納めますか?」と聞かれて、喪主が私達に

「花束にして持ち帰りたいですか?」

と聞いてきたので「棺に納めてください」と伝えました

 

故人の仲良しの近所の人数人も来てくれてご遺体と対面し、挨拶をしてくれて

(この人たちはここでお別れの為、ここで喪主に香典を手渡しし、香典返しも手渡ししてました
※この時点で香典返しの数が確定したため、葬儀社に余った分は返品してた)

 

最後には皆でお花を棺に入れました

色のついた花も多少はあったので、顔周りには色のついたのを置いて華やかに、とかしてみたり

 

私は手を動かせる、というので両手の下にお花を入れて、手に持っているような形にしてあげました

 

喪主が『一緒に写真を入れる』というので結婚式の時の写真(小さい頃の私もいた)とかも棺に入れてありました

 

ちなみに棺の中には一緒に懐剣と杖も入っています

 

葬儀社の人(ちなみに若くてすらっとしていてアンナチュラルの木林さんみたいだった)が

「ご遺体に触れるのはここが最後です。火葬場ではもうプラスチックの蓋越しに顔が見られるだけなので、最後のお別れを」

 

皆それぞれが声を掛ける中、家人(故人にとっての姉妹)が

 

「よく頑張ったね…」と涙声になっているのをきいてしまうと私まで込み上げるものが

 

皆さんが口々に「お疲れ様」「ありがとうね」と声を掛けていて、

私はハテ…なんと声を掛けたものか

とまたここで迷い

結局

 

「綺麗にしてもらってよかったね…またね」

と声を掛けました

 

こういう時、上手く言えないね

 

 

 

 

 

そしてここからは火葬場に移動

 

その前に、来てくれたご近所の仲良しさんを皆で見送り

 

 

火葬場の予約時間までに丁度良く着けるように(ちなみに予約時間は1430。お別れの時間は1130開始)

少し休ませてもらいました

 

 

そして棺の乗った車には遺族が3人同乗

 

他の人は他の車なのですが、葬儀社にバンを出してもらうとお金がかかるので喪主の運転する車に私達親族(計7人)

 

火葬場に着くと、最近の火葬場はシステマチック…と思ったのが

 

火葬場にあるストレッチャーみたいな台車が霊柩車の後ろに棺を迎える形でつけられ、位置を決めると棺がスーッと流れるようにその台車に乗せられる

 

そして火葬場へ運ばれるのです

 

火葬場の前で棺を前に焼香

 

もう一度、最後のお別れ(この時は蓋もされていて、プラスチック板越しの対面)

 

した後、炉に棺が送られます

 

私達は合掌して見送り

 

控室に案内していただき、1時間程待っていてください、との事(他にも何軒か待っている家族があり、終わるとアナウンスが入る)

 

その間にタバコを吸いに行く人や売店に行く人、様々

 

私達は椅子に座って休憩していると、喪主一家が(時間的に昼食などは取っていないので)

 

売店で購入してくれたペット茶と(予め用意していたらしい)紙コップや紙皿、お菓子(スーパーで売っているようなミニ和菓子沢山やミニスナック袋)を渡してくれました

あと、除菌のウェットティッシュ

 

売店ではホットドリンクもあったのですが「温かいの飲みますか?」と聞かれましたが、私は小さな紙コップのコーヒーで200円というのを見ていた…

 

ので丁重に辞退

 

待合のところで各自お茶を飲んだりお菓子食べたり(遺族は空腹だったらしくサンドイッチやカップ麺食べてた)

 

しながら1時間くらい経つ頃に担当さん(仮名・木林さん)が「あと10分ほどで呼び出しがかかると思いますのでお手洗いなどを行きたい方は今の内に」というので皆で片付け開始

 

使った紙コップやゴミをひとまとめにして控室から収骨室へ

 

最初に遺族3人だけ呼ばれ(恐らく骨の説明を受けていた)

その後骨が運ばれてくる(予め、頭骨(頭蓋骨の一番上)と前顎、喉仏だけ別にされている)

 

二人一組で骨を拾い上げ、骨壺へ

 

しかし参列者が奇数人数だったため、一人が2周目(喪主がやった)

 

その後係員の人が骨壺に収めてくれ、最後に前顎、頭骨、喉仏を上に入れました)

 

「この年齢の人だと骨壺に半分しかない人もいますが、仏様は骨壺一杯ですね」

と言われました

 

恐らく治療とかで骨が弱ってしまう人とかもいて、火葬に耐えられなかったりするんだろうなぁ

 

そして骨壺を持って、広い待合場みたいなところへ

 

「着替える方は更衣室へご案内します」

と言われたのですが、喪主の車に着替えを置いてきてしまっていたので、喪主が更衣室を教えてもらい、私達は一度車へ

着替えを持って更衣室に戻り、平服に着替えて火葬場を出ました

 

ここで葬儀社の車に乗って骨壺を持った遺族3人はここでお別れ

 

喪主の車に乗せてもらった私達親族は最寄り駅まで送ってもらいました(夫方の親族の方はまた別になりましたが)

 

お坊さんも立派な供花もなく少人数でシンプルでしたがとても安く出来た、と遺族も喜んでいたので、良いお別れの場になったと思います

 

 

 

 

これは私が忘れないための備忘録

 

 

 

 

 

もう一度まとめ

 

・斎場は立派な斎場ではなく、斎場のご相談センターみたいな小さな場所の奥(恐らく公式には大々的には宣伝してない)

 

(遺族が言うにはドライアイスも3日分用意してくれて遺体も置いてくれてたらしい

今回は亡くなってから5日後に葬儀だった)

 

・遺体安置室も2部屋作れるようだが(小さい)、今回は私達だけのため2部屋ブチ抜きで広く使わせてくれた

 

・お坊さん、供花はなし(遺族が会社から貰った供花のみ)

  位牌、戒名などもなし(棺は簡素な木の棺のみ)

 

・受付もないため香典は直接喪主へ

(今回はお坊さんも供花もないため、私達はお香典のみ。参列できない親族は郵送でお香典とお花代を送ったらしい
※通常ならお香典2くらいにお花代1くらいと言われた)

 

・更衣室もトイレ(1個のみ)

 

・お別れの時、供花をちぎって置いてもらい、参列者で棺に入れた(遺族が写真も入れた)

(供花がなければそのまま棺に自分達で持ち込んだものを入れるのみ)

※安いプランだが、懐剣、杖もつけてくれる

 手も柔らかく揉んでいてくれて肩までだったら動かせる

 

葬儀場ではこのお別れの形

 

次は火葬場(市の火葬場を予約してあった)

 

基本的に燃やすだけなので

・棺を納める前に焼香し、炉へ

 (他の炉の前を見たら位牌や故人の写真もしくは似顔絵などが飾ってあったけど、私達のは無し)

 

・食事などの用意はなく(燃えるまでの時間は1時間くらい)遺族が売店とかで用意したドリンクと(予め用意していたらしい)お菓子などで

 

収骨をして終了

(着替えたい人は火葬場で着替えられた)

 

そしてお別れ

 

 

こんな流れでした

 

最近の葬儀(そしてこれからの葬儀)の参考に

 

家族葬を通り越して直葬ってやつですね

 

ちなみに

 

香典返しはお茶(緑茶、コーヒー)とクッキーの詰め合わせ(多分千円くらい?)

思わぬ方法

次の検査は25年12月なのでそこまで書くことはないかなぁ…

と思っていたのですが予想外の事が起きたので備忘録として記入

 

前回、高血圧の治療をするか…となり個人病院(空いてる)を探して掛かりました

既往歴を話、血液検査&投薬治療開始

 

と、ここで

 

血液検査の結果で思わぬことを言われました

 

原発性アルドステロン症の疑いアリ

 

 

原発性アルドステロン症とは何ぞ?

 

先生に説明を求めても「ネットとかで調べてください」

 

まぁ、医者が説明してもネットで得た知識(中途半端)で反論してくる患者っているしね

その予防なのかな

と思って帰宅後PCで検索

 

…よく判らない&悪い事ばかりしか目に入らない

 

例えば、高血圧だったら塩分を減らして、とか自分で出来る方法があると思うんですよ

でもネットで調べてもそもそもどんな病気かも判らないし、自分で出来る対応も見当たらない

 

そして次回の診察(薬を貰うついでに原発性アルドステロン症についての話)

「ネットで調べても良く判らない」と言うと

「僕も上手く説明できる自信がないからネットで調べてって言ったんですよね~」

と。

 

…こいつ、大丈夫か?

と、不信感が湧く

 

先生曰く「ここでは対応できないのでもっと大きい病院へ行って検査してもらってください。検査結果によっては検査入院で、もっと精密な検査→結果によっては入院して手術となります」

と言われかなり動転

 

「大学病院への紹介状を書く準備は出来てます。どこの病院にかかりたいか希望を聞きます」

と言われましたがだね

 

そもそもどんな病気かよく判らないのに大学病院だの何だの言われてもわっかんねーっての!(怒)

 

なので咄嗟に「セカンドオピニオン的なものにかかりたいのですが…」と申し出ると

 

「いいですよ」

なので地元のタウン誌みたいなので他の病院を探す

 

やはり外科で掛かってる方の総合病院は混雑必至なので個人のクリニックを探す

 

すると一件、新しい病院で病院も綺麗で患者さんも多くかかってる病院を発見

 

予約の電話を入れると「本日の午前中の診察に間に合います」との事で速攻受診

 

病院に入ったら待合室が檄混み(私が最初に行ったクリニックは檄空きだった)

 

しかも感心したのは手狭な病院の割には配置が計算されつくしている事

 

待合スペースの真ん中に受付があり、発熱や咳の症状がある人は診察室に近く、受付を挟んで他の患者とは接触が無いように待てる配置

 

それ以外の患者は窓際の広いスペースだし、咳や発熱の症状がある人は順番来たら他の患者と接触する事なく診察室に入れる(勿論会計もそう)

 

しかも待ってる間に(かなり待った)見ていて感心したのは、病院自体は2階にあり、1階は調剤薬局になっているビルなのですが(2階建て)

薬が出る人に「車で来院していますか?」と聞き、車で来院している人には車のナンバーと色を聞き、それを情報として調剤薬局に流し、

患者さんには「車の中で待っていてください。薬が出来たら薬剤師が車に持っていきます」

 

…これなら薬局の待合でゴホゴホしてる人が他の患者に感染させる可能性を減らせるし、狭い待合に人が犇めきあう事もない!

 

凄い画期的!

と感心していたら、それを話した人に「薬のドライブスルーみたい」と言われました

 

た、確かに…

 

でもあのシステムは良いと思う

 

 

 

話が脱線しました

 

ようやっと順番が来て血液検査の結果を持って

原発性アルドステロン症がまず理解出来ない。先生も『ネットで調べて』とか言うし訳分からないのでセカンドオピニオンを求めて来院しました」

というと、こちらの先生は自作(っぽい)図解と説明の紙を出して見せながら説明してくれました

 

要約すると「血圧を上げるホルモンが出ていて、それに対して『血圧を下げなさい』と命令するホルモンが出るのですが、血圧を上げるホルモンがその命令を聞いていない状態です」

 

…すんげー判り易い

私が求めていたのはこういうの!

 

そして「街中の個人のクリニックでは検査の限界があって、これ以上は大きい病院に行くしかないです」と言われたので

 

やはり、大学病院に行くしかないのか…

 

と打ちひしがれていたら、先生が

 

「大学病院だけでなく、中核病院でも出来ますよ。例えば〇〇病院とか」

と、地元から4駅の病院を教えてくれる

 

そこは私が放射線治療で掛かった病院なので、カルテもある筈だし、気持ち的に楽に掛れる!

 

 

この病院は凄く良いし、ここから紹介状書いてもらえないかなぁ…と思うものの

やはりセカンドオピニオンの立場では無理との事

 

少し安心して1件目の病院の事を話し

「自分で上手く説明できないからネットで調べて、ってこいつ大丈夫なのかよ!?って思いますよ!」

と言ったら

 

「あ、僕あの先生も知ってるので言っておきますよ」

 

おい、余計な事言うな

 

口留めしつつも「私はこういう説明が欲しかったのに『ネットで調べて』は無いと思うんですよね」と愚痴って、そう言う意味で注意してほしい、と遠回しに依頼

 

…ぜったいこっち(2件目)の先生の方が優秀だと思う

 

しかし仕方ないので1件目の病院へ行き紹介状を書いてもらう事に

 

「僕も連絡貰いました(2件目の先生に)」

「中核病院でも検査出来るなんて知りませんでした」

 

…おい、やっぱりコイツ大丈夫か(2回目)

 

ついでにセカンドオピニオンの先生が見せてくれた図解の紙を見せて

 

「私はこういう説明が欲しかったんです!」

と力説すると

「あの先生、こんなの作ってるんだ~」

 

…おい。コイツ大丈夫か(3回目)

 

不安を抱えつつ紹介状を書いてもらい中核病院へ行ったのでした

 

 

 

予約を取り、中核病院へ行くと

「ここでは精密検査までは出来ますが、もしも手術となったら大学病院へ行く事になります。最初から大学病院へ行きますか?」と聞かれました

 

が、大学病院なんて予約だって簡単に取れないし、検査も同様だし、もしも入院、手術なんてなったら何か月単位のスケジュールになってしまう

 

 

この時点で私は2月上旬に見たい舞台のチケット、そして2月下旬の米津玄師のドームチケットを入手していたのです

 

下手に長引くとチケットが紙切れになってしまう(そんなのは御免だ)

 

なので「ここで検査してもしも入院手術が必要、となったら大学病院コースでお願いします」

 

この日は朝食を取って来てしまったので血液検査は出来ず

 

検査日を予約して終了

 

その週の金曜日に検査となりました

 

 

検査内容としては

・血液検査(ただし、30分の安静タイムの後)

・CT

の2本

 

この結果が悪いと検査入院になってしまう

 

なので検査の前日には早めの就寝をし、万全の態勢で検査に向かいました

 

まずは血液検査の前の30分の安静タイム

 

ここで心身を落ち着けて血液検査

(勿論スマホの使用は禁止)

 

 

だけど、無の状態って却って色々な事考えちゃうよね

悪い事を考えちゃうと結果も悪くなりそうなので、次の刀剣乱舞の舞台の事を考えたりして心を落ち着けていると―

 

 

この検査室(兼待機室)壁が薄いのです

 

隣に男の子が入ってきて声が聞こえてきました

 

最初は「お薬いやー苦いー!」

等という子供らしいものでしたが

 

「注射イヤー!イヤー!ギャー!!」

という絶叫に

 

看護師さんらしき声で「お薬が嫌なら注射だよ。どっちがいい?」と聞いている声が聞こえたら

「どっちもイヤー!ギャー!!」

という絶叫

 

 

…おい。今私は安静にして検査を受けなくてはならないんだ。静かにしてくれ

 

と思うものの、全然静かにならない、どころか子供の叫びがエキサイトし続ける

 

思わず

 

「うるせぇ!クソガキ!黙りやがれ!!」

と怒鳴りたい衝動にかられましたが、ここで怒鳴って数値が悪くなると困る

 

でもこのイライラした状態で血液検査しても数値が悪くなりそうな気がする

 

何とか楽しいものを考えなくては

 

と思いながら

「今度の刀剣乱舞のチケット取れると良いな。願わくば良い席だと良いな。どんな話かな」

と煩悩で誤魔化す(良いのか判らんが)

 

そして採血後はCT

 

検査が終了したら本日は帰宅

 

検査結果が、先生が週に一度しか来ていない先生&祝日が入ったりする関係で3週間後になるのです

 

しかし帰宅前に会計して目ん玉ひん剥きました

 

 

血液検査とCTだけで1万三千円

 

血液検査とCTだけで…?(勿論血液検査の内容が精密だからだと言うのは解ります)

 

が、もしこれで検査入院になったらお金はいくらいるの…?

 

そして入院、手術となったらいくらかかるの…?

 

暗澹たる気持ちになりました

 

 

そしていよいよ3週間後

 

検査結果の出る日

 

診察室に入り、結果を聞くと

 

「何ともありません」

ここで先生は5年前に放射線治療を受ける前に撮っていた(らしい)CTの画像も見せてくれ

「5年前に撮った時も異常はありません。この5年で変異があったのかとも思いましたが、何も無いし、血液検査の結果も異常ない。擬陽性を疑いましたがそれもなし」

そして

「最初に検査したクリニックではどんな検査したのですか…?」

私も聞きたい

これまで不安で(金銭面とか、やっと癌に一区切りがついたのにまた病気かよ、とか精神面でも不安で仕方なかった

 

しかし、取り敢えず原発性アルドステロン症の疑いは消えた!

喜びのあまり診察室で

 

「やったー!!」とガッツポーズして大喜び

 

先生に

「私、検査結果伝えてこんなに喜ばれたの初めて」

と言わしめる

 

気持ちが軽くなって、お祝いにミスドの鎧塚コラボのドーナツを2つ購入し帰宅

 

しかしこれだけでは済まなかった

 

 

夕飯後、何か…胃がムカムカする

しかしせっかく食べたミスドが勿体ない

と我慢していたら

 

耐えきれずに吐き気が上がってきてトイレに駆け込むと物凄い勢いで吐瀉

 

全部吐いてしまった…

 

それだけでは済まなかった

 

一晩中吐き続けました

 

吐くものが無くなったら胃液も吐いた

 

脱水症状か、喉が渇いたけど今じゃ水飲んでも吐く、と思って我慢

 

朝になって朝食のお茶を一口、二口、三口、四口…目でトイレに駆け込み全部吐く

 

お茶も受け付けなくなってる

 

仕方なく白湯を少し飲み、何も食べず横になる

 

昼も、夜も、何も食べたくない

 

翌日も白湯だけで過ごそうと思っていたら家人が

 

「せめて食べられるものを口にしろ」

とヨーグルトとフルーツをくれました

 

何とかヨーグルトとフルーツ(少しだけ)を口にし、基本的には白湯だけで寝て過ごす

 

寝てる時に喉が渇いても起き上がって飲みに行く体力も気力も無くて寝ていたら家人にマイボトルを渡される(昔買ったお気に入り)

 

それに白湯を入れて枕元に置き、喉が渇いたら少しだけ起きて白湯を飲む…を繰り返してました

 

余りにも私が食べないので、家人が、カステラの切り落としを買っていたのを分けてくれたので少しだけ食べる

食べられました

 

そこから少しずつ、ゼリーやフルーツ、ヨーグルト、とカステラ少し

を食べるようになったのですが

 

ここで問題が

 

2月下旬に米津玄師のドームコンサートのチケット取れてるのに

 

このままじゃライブに耐えられる体力がない

(近所のドラッグストアに行ったら眩暈がする始末)

 

何とかライブに行けるように体力をつけねば!

 

と少しだけ食べるように心掛けて何とかライブに行きました(根性)

 

助かったのは米津玄師のライブって基本的には座ってる人が多い事

 

2時間ずっとスタンディングででノリノリ~♪だと耐えられなかったけど、座りたい時に座り、立ちたい時に立つ、のスタンスで何とか乗り越えました

 

私の前にいたギャルは1曲目から立っていたけど、隙間からステージ見えたし大きなビジョンで映ってたから見えた

2曲目の感電だけは思わず立った

 

しかしその後もあまり食べられない生活が続き…

 

今やカステラの切り落としとヨーグルト、フルーツ、ゼリー、プリンが私の主食

 

だけど、ひとつだけ朗報が!

 

何と、このカステラ(強制)ダイエットのお陰で

 

タモキシフェンのお陰で太っていた頃より痩せました!

 

Maxデブの頃は67キロだったのですが(すげぇな)半年かけて54~55キロ位に

 

12キロ減量!!

 

しかも、無理なダイエットじゃないから体重計に乗ると体脂肪が減り、筋量が増えている

つまり、今までの体重がいかに脂肪が多いかを物語っている!!!

 

いくらダイエットを頑張っても体重減らなかったのに、食べられなくなったら減ってきた!

 

やったね!兼さん!(誰)

 

こうして思わぬ方法でダイエット成功しました

 

ちなみに最初に私に「原発性アルドステロン症の疑いアリ」と診断した先生に

「(中核病院で)最初の病院は『どんな検査したらこんな結果が出たんですか?』と言われましたよ!」と言ったらムッとした顔してたので

 

患者の必殺技の一言

 

「まぁ、私は素人なので解りませんが」

と逃げを打ちました

 

家人は「その病院、ヤブじゃないの?変えたら?」というのですが、空いててすぐに診察してもらえるし、薬貰うだけなら問題ないので取り敢えず今も通院しています

 

取り敢えずカステラダイエットは続行中です

 

次の検査(12月)までにもう少し痩せられると良いな~

5年目を迎えました

私が乳癌が発覚したのが2019年11月

手術は12月

 

2024年の12月で丸5年になります

 

これまでの検査で異常が発見されず、今迄半年に一度の検査が

「次は1年後で良いでしょう」

そして

 

「ホルモン治療の薬も一旦やめましょう」

 

…やったぁ

 

 

だがしかし

 

私は今年、健康診断を受けて血圧が高い事が判明

 

上は180下は100くらい

 

…高いな

 

外科の先生に「タモキシフェンの影響、という事はありませんか?」

と聞くも

 

「全く関係ありません」

 

…どキッパリやったね

 

「親族に高血圧で病気になった人が居ますが、それは関係ありますか?」と聞くと

「血圧の病気に血縁関係は関係ありません」

ふ~ん…

 

しかし健康診断では高血圧だけでなく眼底なんちゃら(よく覚えてないけど、高血圧の影響が目にも出ているらしい)&糖尿の始まり(完全な糖尿病ではないけど要検査数値)

 

らしい

 

しかし、健康診断の結果を説明する先生がとにかくクソみそに罵ってくれるので反発心しか湧かなかったのです

 

友人に話すと「わざと怖がらせて診察させて薬代稼ぎする悪徳医者もいるし、それなんじゃない?」

…そんな気もする

 

 

外科の先生に言うと「内科の誰?」と聞いてくるのですが

名前を憶えていないので「じじいでした」

 

とにかく反発心が強くて「血圧の薬って一度飲み始めると一生飲み続けなくちゃならない、って言うじゃないですか。嫌ですよ!」

 

等と話し、とにかく外科の検査は1年後、という事で落ち着いたのです

 

そして外に出て待っていると、診察の時先生の後ろに居た看護師さんが出てきて

「私も血圧が高くて、治療に躊躇いはあったんですけど、子供も小さくて『この子が大人になるまで生きていたい』と思って治療を始めたんです。高血圧の病気になると色々大変だし、貴方も早めに治療に取り掛かった方が良いと思います!」

と訴えられてしまいました

 

 

…取り敢えず眼科にでも掛かってみるかぁ

 

と、眼科にかかる(総合病院なので行ける)

 

そして検査してもらったのですが

 

視力が左0.3右0.8

 

「私、免許裸眼で更新できてますけど」(ちなみに今年)と言ったら先生が

 

「それは右目が死ぬほど頑張ったんですよ」

 

…それプラスね、視力って睡眠不足だと落ちるんだよ

私は免許更新の時は早く寝るし、視力検査ギリギリまで目を閉じて使わないようにしてる

 

けど、この時は寝不足気味だった

 

なのでこの視力に関してはあまり気にせずスルー

 

血圧の話をすると

「下が100超えてるのは異常ですよ」

 

 

それより眼底検査結果を見ると

 

 

 

静脈の血管は太くて問題なし

 

動脈の血管 細い&白い筋が付いてる

 

「この白い筋は動脈硬化になりかかってます」

「ですが、眼科で投薬治療などはしません」

「血圧を下げるのが一番です」

 

 

…やはり内科で高血圧の治療を受けるしかないのか…

 

 

しかし私の掛かっている総合病院は内科は死ぬほど混雑しているのです

 

待ち時間だけで2時間はカタイ

 

個人病院で内科を探すしかないかぁ

 

 

因みに知人でホルモン治療をした人がいるのですが、やはり彼女もホルモン治療薬を飲んでいた時は太っていて、投薬を止めて1年くらいしたら痩せてきたのです

 

参考までに、と話を聞くと

「薬を止めて半年くらいで体重と血圧も落ちてきた。1年くらいで元に戻った」

と言っていたので、私もこれから体重も血圧も落ちていくのではないか…と期待しています

 

が、今現在高い数値を叩きだしている血圧をどうにかしなくてはなるまい

 

 

なので今度は高血圧の治療をしようと思います

太りました

お久しぶりです

 

ここ最近は太った以外には変化が無かったのでブログをサボっていました

 

が、先生から「少し痩せろ」と言われたのでダイエット(と言っても運動しても減らないので食事量を減らす事に)

 

朝食と夕食は今まで通り食べて、お昼をサラダとスープだけに

 

結構順調に痩せてMaxデブの時より5キロ減りました

 

が、しかし

 

夏の暑さで熱中症気味になる事度々

 

…こいつぁいけねぇ、と少ししっかり食べるとリバウンドしてしまう

 

 

んだけれども

 

太ると色々な個所にお肉が付きますよね

 

お尻とか太ももとかお腹とか

 

私は更に背中や脇、そして胸も

 

 

だけど、右側は少し(大分?)切り取っているのです、が

 

左側が凄く大きくなってブラのカップがもう…収まりきらない

だけど右側は小さい

 

ここで少し不安になる

 

 

手術前の時に大きかった胸が片方を切除(not全摘)した左右で大きさに差が出るのは判る

 

けど、手術後に太ったんなら(切り取った分の差はあるにしても)両方肉がついてくるべきなのでは…?

 

今現在目測(推測)ですが、左側はC~D、右側はAorBかな?という状態

 

少し不安になったので診察の時に聞いてみました

 

半年に一度の検査の予約もしたのですが、先生から

「今年の12月で5年ですね。薬はもうやめましょうか?」と聞かれ

 

「私は素人なので素人判断で『やめます』とは言えません。先生が判断してください」

とお願いしたら

「では次の検査の結果を見て決めましょう」

となりました

 

そして左右の胸の大きさの差が大きくなっている…と伝えると

診ましょう となり

 

先生曰く

 

「そんな凄い差のようには見えないし、気にするレベルではないと思う」

との事でした

 

そして

「女性は年を取ると乳腺が脂肪に変わるので余計大きくなって(たるんで)きますが、貴方は右胸は乳腺も取っている。そして取った乳腺は復活はしない

そういう意味で太ったとしても胸が大きくはならない

また、左に比べて小さいと思っていても恐らく右も肉はついている」

 

との事でした

 

また、私が気になっていたのは

「30~40代の女性はタモキシフェンを止めるとまた生理が復活する、と聞きましたが、私はどうなりますか?」

と聞くと

 

「恐らくそのまま閉経でしょう」

 

…ここで素朴な疑問

 

生理って卵子を毎月1個死なせてるんだよね?

そして卵子は生まれ落ちた時から決まった数を持っている

 

…今、薬で女性ホルモンを抑えて生理も止まっていたら、卵子って減らずに残ってるのかい…?

だとしたら人より閉経が遅くなるのでは

と思ったのですが外科の先生に聞いても無駄だった…

 

今は泌尿器にも通ってはいないので聞ける先生はいない…

 

取り敢えず、次の検査までにダイエットは続行しようと思います

 

それと、先生に「まだ仕事は休職中ですか?」と聞かれたので

 

「辞めました」と答えました

 

復帰に際して配慮してくれない職場じゃ、また同じ病気になるだけだもんね

 

半年に一度の例のヤツ

毎年6月と12月は検査です

 

…そう。

無事に乗り越えられると「今回も生き延びた」と安心できるアレ

 

今回もいつもと同じように血液検査、エコー、CTと受けてきました

 

よりにもよって検査日に大雨だった。

けど行かないわけにはいかない(予約検査だからね)

 

靴をびっしゃびしゃにして行ってきましたよ…

 

そして緊張の結果発表の日を迎え―

 

 

今回も無事!

転移も再発もしてませんでしたー!!

 

…ホッ

 

しかし問診の時に

「何か変わった事はありますか?」と聞かれ

 

「太りました」

と答えると

 

「何キロ?」

 

え?そのものずばりの体重言わされるの?

何の拷問?

 

流石にそれは辛い…と言ったら先生が

 

「〇1キロ?」

と聞くので、ジェスチャーで『もっと上』とやると

「〇3キロ?」

もっと上

「〇5キロ!」

 

…競りじゃねぇんだよ

 

と思わず突っ込んでしまいました

 

 

先生がご機嫌で何より…と思ってしまいました

 

私も半年生き延びたよ

 

ではまた三か月後にね!